なぜ吉田雅己はオフチャロフに勝てたのかを考察する

先日行われたカタールオープンにおいて、2017年2月時点で世界ランク72位吉田雅己が、世界ランク7位鄭栄植5位オフチャロフを立て続けに破るという快進撃を見せた。

オフチャロフといえば、カタールオープンの直前に行われていたスイスオープン、インドオープンで男子シングルス優勝を果たしており、カタールオープンも決して調子が悪いわけではなかったはずだ。

今回はカタールオープンでなぜ吉田はオフチャロフに勝つことが出来たのかを試合動画を見ながら考察する。

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・試合結果

吉田 4(6,-6,-4,7,9,8)2 オフチャロフ

大まかな試合の流れ

今回の試合の勝因は吉田のサーブ・レシーブであると考える。よって吉田のサーブ・レシーブに特に注目し、また全セットの吉田のサーブの統計を取ってみた。

1セット目 11-6

フォアへショート:2(上系0、下系2)

フォアへハーフロング:1

バックへショート:2

バックへサイドを切るハーフロング:3

相手の様子を探るようなプレーで、サーブもかなり散らしている印象。しかし吉田は台の中央からサーブを出すので全面に広角でサーブを出せる為、オフチャロフもチキータ待ちしたりせずに、しっかり返球することに意識がいっているように感じられた。そのため↑でカウントした全てのサーブをオフチャロフはツッツキしている。

また、オフチャロフの特徴的なフォア・バックの左横系サーブに対し吉田がフォア・バック両方で果敢に2球目攻撃をしかけ成功したことで、オフチャロフに「どのサーブを出せば良いのか分からない」というプレッシャーを与えることができ、このセットは奪えたように見えた。

2セット目 6-11

フォアへショート:4(上系0、下系4)

ミドルへハーフロング:1

バックへショート:2

バックへサイドを切るショート:2

注目したいのがオフチャロフのレシーブである。フォア・バックへのショートサーブに対しては全て先ほど同様ツッツキであるが、それ以外のサーブは全てバックドライブでレシーブしラリーに持ち込んでいる。オフチャロフと言えば中国人選手とも中陣以降であれば互角以上に打ち合えるラリー力の持ち主であるから、大きいラリーで吉田が点を取ることは勝利したこの試合全体を通しても数えるほどしかない。

また、オフチャロフが吉田のフォアサイドに切れていく短い左横系バックサーブを多用し、台から出たところを吉田が持ち上げ、そこから大きなラリーに持っていくという戦術が効いたのも、セットを奪われた要因であろう。

3セット目 4-11

フォアへショートサーブ:5(上系2、下系3)

バックへサイドを切るハーフロング:1

バックへロング:1

このセットはバック前にショートサーブは出していないが、やはりオフチャロフはフォア前の下系サーブは全てツッツキである。上系サーブも2本出しており、1本目はバックでやや強めにフリックされたものの、2本目はフォアでただ合わせるただけのレシーブであった。

このセットでは吉田の”サーブ”というよりも”レシーブ”で得点ができておらず、オフチャロフの左横系サーブをバックで打っていくなど積極的なレシーブを見せるもののオフチャロフに普通に返球されてラリーになり負けてしまう、という展開が多かった。またサーブ・レシーブから上手く得点できない焦りからか、吉田の簡単なミスも多いように感じられた。

4セット目 11-7

フォアへショート:5(上系0、下系5)

フォアへハーフロング:2(全てチキータレシーブ)

ミドルへハーフロング:1

バックへサイドを切るショート:1

バックへロング:1

このセットくらいから明らかに吉田のサーブが”フォア前への短い下回転”に偏り出す。やはりオフチャロフは全てツッツキでとりあえず入れるようなレシーブをしており、サーブが長めにきた場合はチキータもしているが、吉田に通用するレベルではない(しかも2本中1本ミス)。

また、オフチャロフのサービスに対しても無理打ちや甘いツッツキ・フリックが無くなり、回転に合わせたフォア前へのストップが多くなった。

オフチャオフも色々サーブを試し縦回転のフォアサーブも出してはみたが、初球から吉田の見事な速いチキータが決まり、一打でオフチャロフに「吉田にフォアサーブは出しちゃダメだ」と思わせたこともセットを奪えた要因の一つだろう。

これによってオフチャロフはサーブ・レシーブ両方で得点がしづらくなり、またオフチャロフの苦手な台上の細かいプレーが多くなったことで、甘いツッツキをしてしまい吉田が打ち込む、という展開も増えた。それまでのセットは”オフチャロフのツッツキが低く深かった”&”1セット目は積極的に攻めることで奪えたという印象”から、吉田は”自分から先にフォアでかけていく”ことに拘っていたように見え、結果として強打できず持ち上げるドライブとなってしまったところからオフチャロフ有利のラリーが展開されていたのとは対照的である。

そして大きなリードを生むことができたためオフチャロフの集中力が下がり、簡単なミスをしてもらえるという状態にもなっていた。

5セット目 11-9

フォアへショート:7(上系1、下系6)

フォアへハーフロング:1

バックへサイドを切るショート:1

バックへハーフロング:1

もはや完全にフォア前に短くというサーブ戦術が確立されている。オフチャロフはツッツキレシーブしかしてこないし、バック前にきたサーブへのツッツキと違ってフォアのツッツキは、距離が短いためバックに深く低く切れたツッツキを送るのが難しい&角度がないので厳しいツッツキになりづらいので、「吉田にツッツキを持ち上げさせてから大きいラリーに持ち込むという戦術が使えず、オフチャロフも焦っているように見えた。

オフチャロフは、吉田のフォアへのショートサーブ(7球)に対し、上系サーブに対するフリックはできていたが、下系サーブはしっかり体勢を入れて振らないと持ち上がらない為、1度フリックを試してミス。

また、オフチャロフのサーブに関しても、フォアの縦回転系サーブは吉田にチキータ強打され、短い左横系サーブは短く止められてしまうので、左横系サーブを台からギリギリ出るくらいのハーフロングにコントロールして吉田に持ち上げさせるしか、出すサーブが無くなっている。

吉田がセットポイントを握った10-9のという大事な場面で、オフチャロフの回り込みチキータがサイドかエッジかで揉めたが、微妙ではあるがサイドのように見えたし、副審の目の前だったため、最終的には副審の”サイド”という判定が採用(ジャッジにちょっと自信なさげだったが・・・)。

こういう問題を起こさず公平なジャッチを行うために、卓球のルール(映像確認制度or台の形状の変更)の改善が必要なのではないかと感じた。

6セット目 11-8

フォアへショート:5(上系0、サーブミス1を含み下系5)

ミドルへハーフロング:1

ミドルにロング:1

バックへショート:1

バックへサイドを切るショート:1

バックへハーフロング:1

最終セットは敢えてセオリー通りの“フォア前への下系ショートサーブ”ばかりではなく、少しサーブを散らしている。吉田の調子が上がりバックをしっかり振れるようになっていたため、先にドライブをかけられても、1セット目のように少し下がった位置での大きなラリーに持っていかれるのではなく、前陣での速いラリーを展開することができ、オフチャロフに時間的余裕を与えずラリーでパワー負けするという状況にはなりづらかった。

また、このセットは吉田のレシーブ時に得点を重ねられたのが大きい。オフチャロフはどうにもフォアの台上技術が苦手なようで、試合を通してサーブをフォアにストップされると基本的に緩めのツッツキorストップでしか返さないため吉田に狙われている。

また、印象的だったのが、5-4で吉田がリードしている場面で、それまで1度も出していなかった左横回転に見える下系巻き込みサーブを出したことだ。オフチャロフは予想外のサーブに慌てて、回転を読み違えフリックをしようとてネットミスをした。ここから一気に9-4まで引き離すことに成功したことは、終盤に逃げ切れた大きな要因だろう。

終盤は点差の離されたオフチャロフが開き直って、フォアへのサーブも積極的にチキータで攻めていった&吉田が攻め急ぎてリスキーなレシーブをしたため追いつかれそうになったが、最後は点差のあった吉田が振り切った。

 吉田の勝因

オフチャロフの良さを出させなかった吉田の戦術が最大の要因であるのは間違いない。

サーブに関しては、フォア前に下系のショートサーブを出せば緩い球しか返って来ないことを分析し、4セット目以降でキチンと実行に移せたことだ。そしてフォア前にサーブを集中させることでオフチャロフの意識をフォア前に集中させたため、試合序盤はドライブレシーブされていたバックへのサーブに対し、オフチャロフはツッツキしかして来なくなったのも印象的だ。適度にバックへサーブを送っていたこともあり、試合終了間近でオフチャロフが吹っ切れるまで、フォア前ショートを強く返されることも無かった。

レシーブに関しても、無理に打とうとして持ち上げればオフチャロフにドライブをかけ返され大きなラリーに持っていかれるので、やはり厳しい球の来ないフォア前に短くストップをして細かいプレーで緩い球を待った結果、先に吉田から強打をして優位にラリーを展開することができた。また、試合が進むごとに調子が上がってバックのブロック・ドライブでのミスが減ったことで、オフチャロフからするとより得点しづらくなったと感じたはずだ。

サーブ・レシーブでうまく攻められないオフチャロフは後半になればなるほど本来のダイナミックなプレーが無くなり簡単なミスも増えていった。

私レベルでこんなことを言うのはおこがましいが、オフチャロフはフォア系の技術を更に磨く必要がある(本人も当然自覚していると思うが)。あれだけ露骨にフォア前にサーブを集められているにもかかわらず、フォアフリックはこの試合で1度も使用せず、フォアへの上系サーブは全てバックフリックで対応している。フォアツッツキorストップレシーブに関しても合計3回で、残りは全てバックでレシーブしている。こういったことをしているとフォアの台上技術のレベルが向上しないうえに、レシーブ時にバックにスペースを作ってしまうことになり、攻め崩されやすくなる。アジア選手のようにフォア前もチキータ強打できるなら話は別だが、オフチャロフのチキータ技術はそこまでの高さとは言えない。

逆に言えば、これだけ明確な欠点を持ちながら世界ランク5位という強さを誇るオフチャロフには、まだまだ伸びしろがあると言う事も出来る。よって、今後も更なる活躍が期待できる選手であることは間違いない。水谷とともに打倒中国へ向けて邁進して欲しい。

コメント

  1. MARX より:

    こういう記事を待っていました!
    と言うか私自身も同じような形式で、Joo se hyuk選手の試合を分析してみたいと思っていました。
    大変興味深く読ませていただきました。

  2. shirotofitness より:

    >>MARX さん
    ご期待に添えたようで良かったです(笑)
    吉田選手には今後も頑張ってもらいたいですね!!